パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマの歴史地区
パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマの歴史地区
Archaeological Site of Panama Viejo and Historic District of Panama
所在国:パナマ共和国
世界遺産登録:1997年、2003年
種類:文化遺産
パナマ・ヴィエホ古代遺跡とパナマの歴史地区は、現在パナマを構成する3つの地区のうち、それぞれ、オールド・パナマ、コロニアル・パナマにあります。
現在のパナマといえばパナマ運河がパナマの代名詞というくらい有名ですが、
大航海時代、
パナマは16世紀からヨーロッパ人により南米の征服の拠点として栄えました。
1530年代のインカ征服はパナマを拠点として行われ、ペルーや近隣の植民地からスペインへの銀などの物資の輸送は、海路で太平洋側のパナマ・シティへ、陸路でカリブ海側のポルトベロへ、そして海路でスペインへというように行われました。
「パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマの歴史地区」のパナマ・ビエホは1519年、征服者ペドラリアス・ダヴィラによって建設されました(現在のオールドパナマ)。
当地はアメリカ大陸の太平洋沿岸における最も古いヨーロッパ人の居留地でした。
街は碁盤の目のように整然としており、計画的な街作りの概念がヨーロッパからもたらされたことを示しています。
17世紀の中頃にその機能を取って代わった「新しい町」(現在の「歴史地区」)もまた当初の街路計画と、そのアーキテクチャ、そしてスペイン風、フランス風、アーリーアメリカン風の3つの異なった様式の混在した状態を保存してきました。
これが今でも残る歴史地区です。
一方、古代遺跡はというと、カリブ海側と太平洋側とを結ぶ古代の道がそれです。
この道は「王の道」と呼ばれ、輸送路が整備され、ペルーやボリビアからの荷を運んでいました。
ポルトベロや現在のパナマ運河の航路になっているチャグレス川の河口には当時の要塞が残っており、パナマの歴史地区とは別に世界遺産に登録されています。
1997年に、「サロン・ボリバルのあるパナマの歴史地区」として登録されましたが、
2003年の登録範囲拡大に伴い、名称が変更になりました。